『仔猫』
「白猫の子をキキが逃がしちゃったの」
ちょうど、アジア大会の始まる三ヶ月前。
カイが中国で仔猫を求めて泣きじゃくる少女を陰ながら見たのはこの時が初めてだった。
「カイってさ、猫好きだよね」
「見ず知らずの猫のために自らを雨よけにするお前には言われたくはないな」
カイは自分の部屋の床に座って仔猫を拭いているマオを見ながら言った。
話は数分前にさかのぼる。
自分のマンションに戻る途中、
ゴミ捨て場の側で捨て猫を雨から守るためにずぶ濡れになっていたマオを見つけたカイは
その猫と一緒にマオも自分の家に連れ帰ったのだった。
「・・・懐かしかったから、ほっておけなかったのよね」
「懐かしい?」
「うん。あたしね、小さい頃にかわいい白猫見つけて行李のなかに入れて育ててたことがあるのよ。
でも、キキが逃がしちゃってさ、悲しかったし、
それに逃げちゃった猫の子がずっと心配だったから、この子も放っておけなかったんだ」
そう言ってマオは仔猫を抱き上げるとにっこりと微笑んだ。
(・・・昔から、変わっていないな)
数年前、猫を心配して泣きじゃくっていたマオは、今も猫を守ろうとする心優しい少女のままだった。
「・・・あ、雨上がってる」
マオはベランダの戸を開けて、猫を抱えたまま外に出た。見ると雨はすっかり上がって、空には虹が架かっていた。
「カイ!見て見て!虹出てる。・・・あっ」
マオがカイを呼んだその一瞬、抱きかかえていた猫はさっとマオの手をすり抜けて地面に降りた。
「どうした?」
「猫、逃げちゃった・・・」
マオは放心したようにさっきまで自分の手の中にいた猫を見ていた。
すると、物陰からグレーの猫が出てきてマオの抱いていた白猫に近寄った。グレー猫は白猫の側に寄ると丹念に舐め始めた。
「あれ?・・・ねぇ、どうなってるの?」
隣にいるカイに聞くマオ。
カイはしばらくその二匹の猫を眺めていたが口を開いた。「・・・恋人、か」
「へ?」
「どうやら、あのグレー猫はお前が抱えていた白猫の恋人だったらしい。
ただ、グレー猫は飼い猫だな。だから、雨が上がってすぐに恋人を迎えに来たんだろう」
「・・・そっか」
マオはほっとしたようながっかりしたような複雑な声を漏らした。
「寂しいか?」
「うん・・・、少しね。でも、幸せそうだから良かった」そう言った後、マオはそっとカイの方を向くとにっこりと笑った。
「どうした?」
「あのグレー猫、カイに似てる。ほら、あんな風に取り澄ましてる様子なんかそっくり!」
無邪気に笑い声を上げるマオにカイは少し顔をしかめた。
「そう言うお前こそ、あの白猫に似ているんじゃないか?ほら、あんな風に甘える様子なんかそのままだ」
「ふーんだ。猫そっくりって言われるのは慣れっこですよーだ。ベー」
これ見よがしに舌を出したマオにカイはふっと笑い出した。
「姿形は成長しているが、中身は数年前と変わらないようだな」
「?」
「数年前に仔猫を逃がされてライの前で泣いていた少女と変わらないようだ」
「あっ!ヒドイ!見てたの!?」
顔を赤くして声を張り上げるマオにカイは頷くと、そっと抱き寄せてマオの耳元でそっと囁いた。
「・・・そして、これからもずっと見守るつもりだ」
end
カイ&マオカップリで参加させていただきました。
マイナーなのですが・・・。でもこのカップリ好きなので書かせていただきました。
カイもマオも猫好きなので、猫ネタで書きました。