『水無月泉』
静かな森林の中。
その奥にはまだ誰も知らない小さな泉があった。
しかし、なぜか今日はその泉の中から笑い声が聞こえる。
「気持ちいいーーー♪あっ!オズマー、のぞき見なんかするんじゃないわよ」
「お前の水浴び姿なんか興味ない」
泉の中から声を掛けたマリアムに、側の木にもたれたままオズマは返事をした。もちろん視線はマリアムの位置と正反対の方を向いている。
「(・・・失礼な奴)」
マリアムは内心ムカッとしながらもいつものように取り立てて怒ることが出来なかった。
話は一時間前に遡る。
六月、この時期は一年間の中で最も気温が高くなる月だった。特に今年は猛暑の日が続く有様だった。
ただでさえバテやすく、泳ぐことの大好きなマリアムが駄々をこねたのは言うまでもない。
しかし、掟では女が泳ぐことを解禁されるのは来月からだった。
そんなマリアムを見かねたのか、オズマは村に人が少なくなる今日を狙ってマリアムを人里離れた奥地の泉に連れてきてくれたのだ。
だからさすがのマリアムもオズマに頭が下がる思いだった。
ところが、しばらく気ままに泳いでいるうちにマリアムの心からそんな気持ちはいつしか消えてしまったらしく、水に顔を半分うずめてオズマに対する悪戯を考えついた。
「マリアム?」
泉から水音が聞こえなくなった。だが、かといってマリアムが水からあがった気配もない。
しかしオズマは冷静だった。マリアムに『見るな!』と言われたことを律儀に守り覗こうとはしない。
「もうあがるのか?だったら返事くらいしろ」
だが返答はなかった。返答の代わりに水の中から吐き出した空気が水面で音を立てた。
オズマの胸に嫌な予感がふくらむ。
「(まさか・・・。マリアムの奴・・・)」
マリアムは聖封士の中でも一番の泳ぎ上手だ。しかしどんなに泳ぎが得意な人でも、何かの弾みに溺れてしまうことだってある事をオズマは知っていた。
「マリアム!!」
約束も放棄して泉を見たオズマの目に映ったのは泉の中心で幾度となく上がってくる小さな空気の粟粒だった。
やはり予感は的中していた。早く引き上げてやらないと本当に溺れ死んでしまう。
そう思うが早いがオズマは水の中に飛び込んでいた。
そして潜ってマリアムを救い出してやろうと身構えた。・・すると。
「わーーーっ!!」
「うわっ!!」
いきなり水面から顔を出したマリアムにオズマは一瞬すくみ上がってしまった。
「あはははは!驚いてる驚いてる!やーい、引っ掛かったー!」
「マリアム、お前!!」
本当に心配したのにこんな風に茶化されてしまったオズマは思わず怒鳴ってしまう。
「でもあんた、小さい頃すごいカナズチだったのに泳げる様になったんじゃない」
「えっ?」
マリアムのその言葉に軽く足を動かすオズマ、すると・・・。
「きゃーーーっっ!!オズマーーーー!!」
今度はマリアムが絶叫した。
なんとオズマは一瞬で溺れ、あっけなく水の中に沈んでしまったのだ。
立場は逆転して、急いで水からオズマを引き上げるマリアム。
気を失ったままのオズマを見下ろしたままマリアムはため息を吐いた。
「まったく・・・。あんた泳げもしないくせに飛び込むなんて命知らずもいいとこね」
マリアムはそっと水に濡れて顔にかかってしまっているオズマの髪を撫でつけた。
「・・・それだけ、心配してくれたんだね」
普段クールなので冷たいと見られがちなオズマだが、本当は優しいところがあるのだ。
仏頂面でマリアムをここに連れてきてくれたことも、知らんふりをしながらもマリアムが溺れていると思うと自分が泳げない事も忘れて助けに来てくれるような・・・。そんな不器用な優しさがあった。
「騙したりしてごめんね、オズマ。・・・ありがとう」
その時、人工呼吸も兼ねてキスをしたことはマリアムと泉の精だけの秘密。
暑くなってきたので、水遊びネタでオズ&マリ書いてみました。
何となくオズマがカナヅチそうで、マリアムが泳ぎ上手そうなのでこんなシチェーションに・・・。
最終的には『人魚姫』っぽくなってしまいました。(苦笑)
それでは、“再見”