やきもち

 

 わたしも髪、伸ばそうかな、と。なんの脈絡もなく突然に、マチルダが呟いた。
「……なんで?」
マチルダの白く細い指が、彼女の可愛らしい桃色をした髪に差し込まれる。
「わからない?」
ラウルはしばらくの間、まだ熱い紅茶をティー・スプーンでかき混ぜて、
それからおずおずと口を開いた。
「ひょっとして、姉さん?」
マチルダはいたずらっぽく笑って、あたり、と言う。
「ジュリアさんみたいに綺麗な長い髪、ちょっと憧れなの」
「……姉さん、そういうトコこだわってるから」
艶やかな、腰まで届く長いブラウンの髪。
正直なところ、ちょっとどころでなくジュリアはマチルダにとって憧れの女性だった。
素敵なお姉さんがいて羨ましい、といつもラウルに対してそんな思いを抱いていた。
自分と大して年の変わらないはずの女の子なのに、強くて大人っぽくて、
それに男の子に負けないくらい気が強いのに、決して男っぽくなくむしろ女性的な面が強い。
そういう性格になったのには、弟の存在が深く影響しているのだろうとマチルダは思った。
生まれたときから守るべき対象がいたから、強くて。
生まれたときから自分に甘えてくる相手がいたから、優しくて大人っぽくて。
女性的というか、なんだか……お母さん、みたいで。

とにかく、こんなことまでぼんやりと推測してしまうくらい、憧れの人で。

けれど勿論、それだけが髪を伸ばそうと思った理由ではなくて。

羨望、つまり女性としての憧れだけではなくて。
単純に、目の前の、この男の子が、たぶん今いちばん大切で、いちばん大好きな女の子は、
自分ではなくて彼女なのだというその事実が、マチルダは羨ましい。
勿論それは姉弟だから、肉親だから、家族だからってことくらい彼女だってわかっているけれど、
でもそれでも、ジュリアが「ラウルに誰より想われている、愛されている女の子」であるということ。

……どうしても、嫉妬、してしまう。

「…別に、マチルダちゃんは今のままでも可愛いと思うけどなぁ」
そんな風に言ってくれるラウルが本気なのはわかっているし、
なんだかちょっと赤くなって照れくさそうにしているところとか、
そういうので自分が特別想われていることは充分実感できるのだけれど。
なまじ、ジュリアに憧れる気持ちも本当なだけに、なんだか複雑な、乙女心。

―― わたしは、ちょっとだけでもジュリアさんに近づきたい。

―― ジュリアさんはとってもすてきな、憧れの人だから。

―― ジュリアさんは、意味は違っててもとにかく、わたしよりもラウル君に愛されてるから。

―― でもきっと、それって結局わたしがラウル君のこと、大好きだってことで……あー、もうっ。

「ねえラウル君、そんなにかき回したら、紅茶、冷めちゃうよ」

慌ててカップに口をつけるラウルの姿を眺めながら、
マチルダはまたそっと、自分の短い髪を撫でるのだった。

 


マチジュリ要素とラウジュリ要素も含んでる気がしますが気のせいですきっと。






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